体系的に理解できる 「軍艦島デジタルミュージアム」

2017.09.20 Wednesday 02:45
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    全身、出航前の桟橋でずぶ濡れだったので、いったんホテルに

    戻ってから、ホテルからも近い 「軍艦島デジタルミュージアム」

    に行って来ました。うっかり、船のチケットを忘れたのですが、

    リストでチェックしてくれて入場できました、てへ!

    http://gdm.nagasaki.jp/

     

     

    『長崎堂』 というカステラ屋さんと、ミュージアム
    1階のショップがつながっていて、まだ3人が退所して
    いかなったSMAPの 「夜空ノムコウ」 が流れていたのが
    印象的でした。

     

     

    雨のせいで服が1日分足りなくなったので、軍艦島
    Tシャツをウキウキと買いました(笑)。

     

     

    2階からが展示室となっていて、まずは2階への階段横に
    軍艦島の位置や、次第に施設が増築されていく様子が
    わかる写真が並んでいます。

     

    1810年に石炭が発見され、1890年に三菱合資会社の経営と
    なって、海底炭坑として操業が開始された歴史なども
    ざっくりと説明されていました。

     

    (空撮や島民が持っていた白黒写真などが映し出される)

     

    2階フロアの正面は、全長30メートルのスクリーンに
    軍艦島のイメージ画像や、当時の生活を知る約3000枚の
    写真や、廃墟になってからのドローン映像のような
    動画が映し出され、見応えあります。説明してくれるのは
    元・島民の方でした。

     

     

    島民が写っている日常写真は、当時の熱さや、炭坑という
    大変な仕事ではあるものの、最新家電などの “モノ” に
    恵まれて幸せそうな人々の笑顔に溢れています。

     

     

    運動会やお祭り、組合運動で賃金が上がった嬉しそうな顔。
    今でこそ、労働環境が重視される時代に成長しましたが、
    あの時代は “そういう時代” だったのだなあと。

     

     

    そのすぐ左側には 「採炭現場への道」 という立体映像が
    あって、今はもう入れない炭坑の坑道へ行く雰囲気を
    体感できます。まずはケージで約600メートル降りて、
    そこから次々と各坑道に分かれていく様子がリアル。

     

    トロッコは前のめりにならないよう、後ろ向きに乗ると
    知りました。インディ・ジョーンズのように乗るのかと
    ばかり思っていたので、目からウロコ。
    また、8時間3交替の流れは、破砕(ハッパ)、採掘、
    運搬という工程だったことも、映像の途中、説明が
    入っていました。

     

     

    さらに、その隣には軍艦島のアパートを再現した部屋が。
    自由にあがることができ、ちゃぶ台の上のノートは
    感想を書くためのものです。

     

     

    3階に上がると、右手に 「シマノリズム」 という
    軍艦島全体のジオラマもあって、そこに朝昼晩の
    人の流れがプロジェクションマッピングになっており、
    小さな島が生きているようでした。

     

    (たぶん、ここにいた時間が一番長いww)

     

    そのほか、元島民の言葉と映像、2016年版軍艦島VRの
    コーナーも。島の立ち入り禁止区域をゴーグルをして
    VRで進むアトラクション。Googleストリートビュー
    以上のリアリティに、かなりの時間、見まくり!

     

    3階館内にずっと不思議な音が流れているなと思ったら
    島で最後に造られた建造物である体育館の模型と、
    これまでどのように壊れていったかがわかる動画が
    ブラウン管テレビから繰り返し流されていて、その
    ガラスが割れたり、天井が落ちる音だと気づきました。

     

    閉山の噂で、島民の流出が始まった頃、その噂を払拭
    するために造られたという悲劇の体育館は、今や躯体が
    かろうじて残っている状況です。

     

     

    そして、4階にあるのは1つだけ。
    かつて軍艦島の1号棟であった 「端島神社」 です。
    入場料を払っているのに、ちゃっかりお賽銭箱まで
    置かれていましたが、軍艦島保存に少しでも役立てば
    と一応寄付のつもりでお賽銭を入れてきました。

     

    正面に石炭が飾ってありましたが、たしかにキラキラと
    ダイヤのようにきれい!

     

    そういえば、小学校の低学年の頃、石炭ストーブで
    冬は日直がバケツに石炭を入れて運ぶという仕事が
    あった覚えがあるのですが、こんなにきれいじゃなくて
    もっとザラザラしていたような気が…。
    あれは何だったのだ? クズ石炭だったのかな?

     

    で、「軍艦島デジタルミュージアム」 ですが、
    体感型のコーナーも多く、体系的に軍艦島の歴史や
    当時の生活を知ることができ、見学では行けない
    エリアの様子も楽しめるので、行って損はないと
    思いました。“廃墟のみ” が好きな人にはあまり
    響かないかもしれません。

     

    【関連記事】

    ◇Google撮影と4年差とは思えない 『軍艦島』 の劣化
     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3301

    ◇『軍艦島』 西側は船上から
     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3300
    ◇本日天気最悪なれども波負かし、軍艦島上陸!
     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3289

    category:歴史 | by:まるたん | - | - | -

    Google撮影と4年差とは思えない 『軍艦島』 の劣化

    2017.09.19 Tuesday 23:22
    0

      いよいよ、今日は 『軍艦島』 上陸についてです。
      とにかく、雨に濡れそぼった廃墟に圧倒されました。
      島の東側と南の外れまでが観光可能コースです。

       

      65分ということでしたが、波が高くなってきていたので
      多少の短縮ありと通告されたこともあり、集中!

       

       

      頂上にあるのが、職員社宅の2号棟でしょうか。
      すぐ下の四角いアーチがベルトコンベアの支柱。
      フォロロマーノを思い出しました。
      予想以上に瓦礫の山となっています。

       

      奥は端島小中学校があった70号棟で、その手前に朽ちて
      いるのが、体育館があった71号棟かと思われます。

       

       

      それ以外、この見学コースは生活エリアではなく、
      主に作業エリアが中心。換気施設や電気施設の残骸に
      雑草が生い茂っている状況。

       

      人々が暮らしている頃は、島に植物がなかったため、
      屋上に庭園や菜園を作っていたそうなのに皮肉なもの。
      雑草、強し!

       

       

      桟橋周辺は選炭施設だった場所で、折れ曲がった鉄骨や
      崩れた煉瓦など、痛ましい有様となっていました。

       

      右奥に見えているのが、日本最古の鉄筋高層住宅である
      30号棟で、1916年に造られた物なのに形をとどめていて
      それには驚きです。

       

       

      雨がザンザン降る中、ご自身も同じ炭坑の島である
      「池島」 で子供時代を過ごしたというガイドさんが
      住民の生活や炭鉱夫の労働について説明してくれた
      のですが、撮影に忙しくて、時々見せてくれる当時の
      写真は見落とすことも。

       

      (右の口をぽっかり開けているのが竪坑入り口)

       

      右端の途中で階段が切れているのが、竪坑(たてこう)で
      ここからケージで東京スカイツリー分くらい深く下りて
      そこからさらに下の坑道や、横方向へのトロッコに乗って
      行った場所とのこと。事故があった時も仲間の体だけでなく
      魂も一緒に連れ帰ろうと頑張ったエピソードなどもあり、
      まさに地獄の一丁目だったことが伝わってきました。

       

      夕張炭鉱のガス爆発事故を実況状態で見ていた時の、

      重い記憶が蘇ってきました。閉所恐怖症の私には無理!
      一晩で1万字書く方がまだ楽です。

       

       

      竪坑の横には煉瓦造りの捲座(まきざ)。
      ケージを昇降させるための、ワイヤーの巻上機があった
      所です。600メートル以上のケージを巻き上がるわけ
      ですから、そりゃ頑丈じゃないとね。

       

       

      島の東側に沿って南の端に向かう途中も雨ハンパなし。
      ところが、当時は建物よりも高い大波を眺めるのも
      島民のレジャーになっていたそう。
      そんな大波写真もガイドさんが提示してくれました。

       

      鉄骨だけ残っている総合事務所跡があり、その近くに
      当時は坑員用の風呂もあって、湯船は海水、上がり湯に
      真水を使って、水の節約をしていたそうです。
      1日8時間3交代制で、坑員が入った後のお湯は真っ黒
      だったというのも納得。

       

       

      島の南の外れの方に近づくと、仕上工場と、島最古の
      30号棟が見えてきます。仕上工場の2階からの階段が
      途中で切れているのがなんとも…。

       

      (言われてみると、左の31号棟は多少白っぽい気も…)

       

      見学可能エリアでは一番奥がこの場所。
      少しだけ塗装が残った30号棟の奥には、「くの字」 型で
      島の防波堤となっていた横に長い31号棟が見えます。
      1階は商店街になっており、住民の行き来も多かった
      エリアで、もともとは白い壁だったそうですが、
      今は見る影もなし。雨のせいでさらに黒々しく。

       

      西側は 「防潮棟」 として、東側の作業場を守る役割も
      あって、“黒いダイヤ(石炭)” の方が人の命よりも
      大事だったんですね。平成の世ではありえん発想!

       

      (ドルフィン桟橋へ)

       

      とはいえ、今はコンクリートの四角い穴だけですが、
      島民の暮らしは豊かで、最新の電化製品も揃っている
      家庭も多かったため、この建物の上にはブロッコリー
      スプラウトみたいにテレビアンテナが立っていた
      写真もガイドさんから示されました。

       

      220メートルの見学コースを、追い立てられながら
      戻り(暴風雨のため出航できなくなるため)、
      小走りでドルフィン桟橋へと戻りました。

       

      Googleビューで軍艦島内の何カ所かはチェックして
      いましたが、かなり老朽化が進んでいます。

       

      短い見学時間でしたが、炭坑の島である端島のメイン
      である作業エリアはそこそこ見られたし、実際に
      歩いていくとしたらヘルメット着用は必須と思われる
      住宅エリアはかなり危険そうなので致し方ないと。

       

      (東側の北端は、もう少し島寄りで航行してほしかった)

       

      一つだけ残念だったのは、小中学校がある70号棟と
      島最大の住宅棟65号棟の奥に見えると思われた
      独身寮67号棟のX階段を見えなかったことです。
      しかたがないからGoogleストリートビューを見て
      我慢しようっと。

       

      (Googleストリートビューより。斬新な67号棟のX階段)

       

      ということで、本当にやってみたら、Googleの撮影は
      2013年6月のもの。4年とは思えない風化っぷりに
      慄いています。Googleさん、ここは更新しないでー!

       

      【関連記事】
      ◇『軍艦島』 西側は船上から
       (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3300
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      category:旅行 | by:まるたん | - | - | -

      『軍艦島』 西側は船上から

      2017.09.18 Monday 03:53
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        ホントは、長崎グルメ系でカステラの 『松翁軒』 とか、

        オレンジ色のカレーとか、食べるミルクセーキとかを

        書こうかと思っていましたが、そうするといつまでたっても

        大量に撮影した 『軍艦島』 を後回しにして、機を逃しそうな

        気がしてきたので、頑張って写真整理することにしました。

         

        ちょうど、台風が来ていて、あの時と同じような気分で

        書けそうだし、いいかもしれません。

         

         

        常盤ターミナル前で、曇天を見上げつつ、出航するか
        はっきりしないまま、待っている間に突然の豪雨。
        優先乗船メンバーが並んでいた所は屋根がなかったので、
        傘をさしましたが全く役に立たず、短時間で下着や
        靴の中までびしょ濡れに。

         

        ようやく、出航が決まったものの、雨避けではなく
        体温がこれ以上逃げないように雨合羽装備。
        アウトドア用にいろいろある中で、一応、ハイキング
        レベルの頑丈さを持つ装備にしたのは正解でした。
        もともと長期予報でも雨予報だったしね。

         

        優先15番目だったので、ライフジャケットがすぐに
        取り出せて、写真も撮りやすい最前列の席を選びました。

         

        とにかく、船内は大波と大揺れで阿鼻叫喚の坩堝と化し、
        その中でもきっちり説明してくれたクルーの方々には
        感謝です。湾内の世界遺産であるジャイアント・
        カンチレバークレーン、伊王島灯台と原爆のことや
        長崎の各島に住む潜伏キリシタンのこと、炭鉱が閉山
        した後に地盤沈下して今は小さな岩場が3つくらい
        残っている横島のことなど、情報満載でした。

         

        説明してくださった方も、「軍艦島」 ではないけれど、
        子供の頃、炭鉱の島で生活していたそうで、お話しに
        リアリティがありました。

         

        で、そうしている内にも、中ノ島の後ろに 「軍艦島」
        を船で例えると船尾部分が見えてきたので、一応、
        それとなく 「見えた!」 と言ったのですが、イマイチ
        周囲は盛り上がらず…。

         

         

        船はまず軍艦ぽく見える西側へと向かいます。
        西側は立ち入り禁止なので、船上で撮影するしか
        ありません。まずは左舷の人たちが見学してから、
        船はUターンして今度は右舷の人たちが見学という
        流れです。Uターンの時もスリリングでした。

         

         

        「軍艦島」 は南北約480メートルの島で、1916年に
        日本初の鉄筋アパートが建てられました。
        西側は、そんな鉄筋造りの坑員の社宅が並んでいます。
        映画館やパチンコ屋、遊郭のようなものまであったそう。
        灯台下の横に長いのが31号棟です。

         

         

        島最大の65号棟には300所帯。日本の経済成長期と
        なる1960年代には、5300人近い人がこの小さな島に
        暮らしていたのです。 階級の高い人は島の高い所に
        住むことができ、一般の住民の憧れだったそうです。
        この辺りは坑夫が済む 「日給アパート」。

         

        職員は月給制で、坑夫は日給。それでも命がけの
        仕事だけに収入はよく、いち早くテレビや冷蔵庫が
        手に入れられる生活ができたとか。

         

        (三角屋根が端島神社跡)

         

        高い所には端島神社もあり、今もその名残として
        小さな屋根が見えます。
        中の神様は現在、「軍艦島デシタルミュージアム」
        の方にいらっしゃるようで、神社がありました。
        http://gdm.nagasaki.jp/

         

        (当時としては斬新だったであろう空中廊下)

         

        6本の柱のように見えるのは、トイレの下水道。
        そのまま、海へダイレクトインのトイレだったので
        周辺の魚は肥えていたとか。ジョークなのか、
        実話なのか、わからない説明でした(笑)。

         

        連射していたので、何とか右の方に空中廊下を
        入れることができました。

         

         

        島の西側を見たら、少し北へと進み、再び方向転換。
        最初に 「軍艦島」 が見えた角度です。

         

        左の平らな部分が運動場、右の建物が病院、白っぽい
        のが端島小中学校、屋上に保育園があったのも
        この北側エリアです。

         

         

        そのほか、島内には牢屋もあったそうですが、閉山
        まで一度も使用されなかったそうです。
        ただし、一つだけなかったのが火葬場。火葬は
        他の島まで運んで行っていたという話にさしかかる頃、
        船は島の東側にある 「貯炭ベルトコンベア」 の
        四角いアーチを過ぎ、ついにドルフィン桟橋へ。

         

         

        着岸できるか微妙らしく、やってみてダメなら戻るという

        フレキシブル対応で、船長さんの腕のおかげで大波の中、

        なんとか着岸。

         

        「絶対に止まってはいけない」 という注意を受けてから

        ガッタンゴットン揺れる板を渡り、トンネルを抜けると

        まさにそこは嵐にさらされたおどろおどろしい廃墟が

        広がっていました。

        船からの画像は多少明るく補正しましたが、実際に見た

        風景はこんな感じです。

         

        (どよよ〜ん!)

         

        【関連記事】
        ◇本日天気最悪なれども波負かし、軍艦島上陸!
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        category:旅行 | by:まるたん | - | - | -

        真実はガラス越しの映画 『三度目の殺人』

        2017.09.17 Sunday 23:41
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          取材の合間に映画 『三度目の殺人』 を観てきました。
          予想通り、容疑者・三隅の不気味さを役所広司さんが
          怪演していました。笑顔すら怖い!

           

          ただし、原作でも曖昧だった “本当の殺人者は誰か” は、

          映画でも藪の中です。モヤモヤ感、健在!

           

          一つだけ言えるのは、この作品は原作を読んでからの方が
          理解しやすいということ。原作で説明されていることが
          映像ではサラリと過ぎていってしまうので、一転二転
          する三隅の証言に振り回されていると、そういった
          細かい伏線を見落としてしまう気がします。

           

          ストーリーは、過去に殺人を犯した男・三隅が、今度は
          再就職した先の社長を殺した上、それを焼いて死体損壊。
          殺人は認めているものの、殺した社長から奪った財布は
          殺す前から強盗殺人するつもりだったのか、殺してから
          窃盗に及んだのか、細かいところも本人の記憶が曖昧で、
          そもそも殺した理由も明確にならず、お手上げとなった
          元・検事だった弁護士が、真実はどうであれとにかく
          法廷で勝つことだけを目的としている敏腕弁護士・重盛に
          協力を依頼し、重盛はやむなくこの事件に関わり…
          という流れで、面会所のシーンは映画らしい表現も。

           

          重盛と三隅がガラス越しに手を合わせるシーン、そして
          二人が最初はガラスを中心に向き合って座っていた
          アングルから、次第にお互いの顔が写ったアングルに
          変わって二人の顔が重なり、セリフごとにピンが移動
          していく様は、三隅のペースに飲み込まれていく重盛を
          表現しているようで、見応えがあります。

           

          「人を殺す人間はもともとその素養を持っている」
          「三隅は空っぽの器」 といった言葉や、十字架に
          かけられたような焼死体の跡、重盛が見上げた空に
          虚ろに広がる電線の十字や、足元に伸びる十字路など、
          キリスト教の原罪を感じさせるような点も多く、
          もともとヴェネチア映画祭のコンペティション部門に
          出品することが目的で、少し日本人の感覚からは
          つかみづらい映画なのかなとも思われました。
          重盛・父がパスタ作ってたしね(笑)。
          モノクロで撮影しても面白かったかもしれません。

           

          【関連記事】

          ◇二度目の殺人事件で拘置中の男が犯す 『三度目の殺人』
          http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3291

          category:映画 | by:まるたん | - | - | -

          金運のパワスポ 「神崎神社」 を船窓から

          2017.09.16 Saturday 04:43
          0

            「軍艦島」 と 「亀山社中」 以外はノープランな
            長崎散策でしたが、パワスポだけは初日にホテルで
            チェックしていました。

             

            (「グラバー園」 のハート石は探さなかったので、ホテル前でおすわり)

             

            「諏訪神社」 はパワスポ本でも知っていたものの、
            ホテルからそれほど遠くなさそうな 「女神大橋」
            が架かっている丘の上に、「神崎(こうざき)神社」
            なる、金運のパワスポがあると知り、「軍艦島」 に
            行く際に、右の窓側を選んだのはそれを目視する
            ためでした。

             

            「女神大橋」 の長さより 「軍艦島」 の長辺の方が
            短いことや、「女神大橋」 の高さは豪華客船も通過
            できるといった説明を聞きつつも、目は山頂を凝視。

             

            (「女神大橋」 辺りから次第に船の揺れが大きくなってきた)

             

            大波に揺られても、金運への情熱は揺らぐことなく、
            祠らしいシルエットを発見したのであります!

             

            (山頂に祠らしきシルエット、そして左下には鳥居)

             

            せめて、写真撮影することで、金運引き寄せるだー!

             

            (元画像は思いっきり水平軸が曲がっていたので、トリミングで調整)

             

            それだけに、「軍艦島」 への船内では窓に張り付いて
            連射。祠らしき物が見えた場所の海辺にも鳥居が見え、
            同じようなアングルでGoogleビューの写真もあったので
            どうやらこちらも 「神崎神社」 のようです。

             

            「神崎神社」 へのアクセスは、確かにホテルから
            タクシーでも行ける程度の距離ではあるものの、
            お社近くまで車が入れないので、どのくらい歩くか、
            帰りのタクシーはつかまるのか、携帯で呼んでもいいけど
            それはそれで面倒だし…といろいろ考え断念。

             

            金運だけなら、「諏訪神社」 にある高麗犬の井戸が
            「銭洗い井戸」 だという情報も得ていたこともあり、
            近場で手を打った次第です。
            http://www.osuwasan.jp/index.html

             

             

            また、空港へのバスを待つ間、以前散策した出島近くを
            うろうろしていたら、「なんばん恵比寿」 という
            いかにも長崎らしい恵比寿像を見つけました。ちゃんと
            鯛を持っているのがキュートです。

             

            【関連記事】
            ◇ユニークな狛犬もいる、長崎の鎮西大社 「諏訪神社」

            http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3297)

            category:開運 | by:まるたん | - | - | -

            ユニークな狛犬もいる、長崎の鎮西大社 「諏訪神社」

            2017.09.15 Friday 23:56
            0

              長崎の人たちからは “お諏訪さん” の名で親しまれている

              鎮西大社 「諏訪神社」。

              10月の大祭は、「長崎おくんち」 として多くの人に知られ、

              縁結び・厄除け・海上守護などのご利益があるという

              長崎屈指の人気パワスポです。

              http://www.osuwasan.jp/index.html)

               

              (写真の一番下が一の鳥居)

               

              そんな 「諏訪神社」 に行ったのもちょうど1週間前。
              周回遅れのご紹介になってしまったのは、思ったより
              龍馬で日数を取られてしまったからですな。

               

              これでも、市民病院前のイカロス号訴訟の説明板など、
              省略したのに、いつになったら長崎編終わるのやら。
              長い目で見てください…。

               

              この1週間で4取材&配送を終えて、私的にはもう
              3週間くらい経ってしまったかのような気分です。

               

               

              長崎市内の路面電車は、各停車場の端っこが横断歩道に
              かかっていて、下車するとそのまま横断できる仕組みに
              なっている所が多いのに、よりによって 「諏訪神社前」
              に行くための 「新大工町」 は歩道橋で停車場に下りる
              作りだったり、「諏訪神社前」 はいったん地下道に
              入って、「諏訪神社」 に行くという、坂道を歩いた
              後にはちょっと乳酸溜まりそうな停車場でした、ふうふう。

               

              (唐子のようでかわいらしい絵)

               

              でも、地下道には 「長崎くんち」 の愛らしい絵があり、
              「諏訪神社」 方向じゃない通路まで行って、全部の絵を
              見て回ってしまいました。

               

              (「神田明神」 の鳥居くらい大きい)

               

              そして、地上に出たら、「亀山社中記念館」 の山から
              見ていた時よりも、拝殿までの距離はありそうだし、
              勾配もありそうだし、日陰がないし、くじけそうに。

               

              (拝殿前にある 「陰陽石」)

               

              鳥居が並ぶ参道は歩き方があって、男性なら女石、
              女性なら男石をまず踏んでから拝殿へ向かい、最後は
              拝殿前の陰陽石を踏んで参拝すると縁結びの願いが
              叶うそうです。
              http://www.osuwasan.jp/suwa/stone.html

               

              私は神様の道である中央を避けるというよりも、多少は
              左側が日陰になっていたので、参道の端っこをとぼとぼ
              登っていくと、ようやく大門に到着。

               

               

              大門への階段はかなり急勾配で、大門をくぐると左に神馬、
              右に桜、天井には文化財の絵が描かれていました。
              本気で全部回っていたら半日かかりそうです。
              拝殿前では結婚式の撮影が行われていました。

               

              (大門からも拝殿まではさらに上るのであった)

               

              陰陽石を踏んで拝殿参拝後、右手の儀式殿に進むと
              木彫りの恵比寿像があって、なんと貯金箱のように
              胸のところにお賽銭を入れるシステムになっていました。
              もちろん、商売繁盛の恵比寿様なので、お賽銭を
              入れてきましたが。

               

               

              拝殿裏手はまたしても上り坂(階段)が続いていて、
              いろいろな願いに応えてくれるユニークな狛犬が
              いるのが特徴の一つです。立ち狛犬や逆立ち狛犬、
              願掛け狛犬、カッパ狛犬、トゲ抜き狛犬など、
              それぞれにポーズや表情も多彩で、お願いの仕方も
              決まっています。

               

              心に突き刺さっているトゲを祓ってくれるトゲ抜き狛犬は、
              狛犬の口の中に手を入れて 「お願いする方法があります」
              と、「他にも願い方あるんかーい!」 と突っ込みたくなる
              説明板に心がトゲトゲしくなったので、手を突っ込んで
              心を鎮めました。

               

               

              私は願い事のターゲットを絞って、いつも通り、
              商売繁盛を祈るべく、敷地内にある 「玉園稲荷神社」
              を目指したのですが、大門前に設置されていた図は
              勾配をちょっと緩めに描かれていたようで、またしても
              急階段が眼前に屹立していました。もう、上るしかない!
              風頭山が低く見えるわい、わっはっはとヤケ気味。

               

               

              そして、伏見稲荷ほどではありませんが、赤い鳥居が
              立ち並ぶ 「玉園稲荷神社」 に到着。
              何やらこの周辺は空気が変わります。暑さはそれほど
              変わりませんでしたが…。

               

              (階段上の左手にあるのが 「大楠」)

               

              鳥居の先にある最後の階段を上ると、左手に稲荷神社が
              創建された頃より自生していたという大楠がありました。

               

               

              「抱き大楠」 といって、抱きつくと稲荷の力が授かれる
              とのことなので、誰も上がってこないし、抱きつき放題。

               

              むむむ、確かに気持ちいいぞ!

              気のせいじゃなく、なぜか熱中症気味だったムカムカが
              すーっとしました。自己暗示ではないと思います。
              どちらかというと眠くなる感じ。よく考えれば原爆にも
              耐えたということなんですよね、この大楠。
              浄化作用があるのかもしれません。

               

               

              不思議と元気が出たので、「玉園稲荷神社」 では仕事運を
              集中的にお願いしました。社殿の横に 「厄難除け蛙岩」
              がひっそりと佇んでおり、同社の古図にも描かれている
              古くから信仰されてきた岩だという説明が。

               

               

              「出したお金もまた返る」「旅行から無事帰る」 のうち、
              太陽フレアのこともあったので、旅行から無事帰れるよう
              祈ったのですが、なんと数日後、以前払った保険料が
              予定外なタイミングで返金されました。ご利益か!?

               

              旅行から無事帰れただけで満足。おかげさまで翌日
              からの1週間で4件も取材となり、某編集部からの
              依頼を5件もお断りせざるを得ない事態となり、
              商売繁盛のご利益が “短期集中型” でないことを
              祈るのみでございます。

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              龍馬にゆく!〜丸山公園編〜

              2017.09.14 Thursday 22:38
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                「亀山社中記念館」 からの坂はかなり急で、周辺は
                寺町というだけに墓場の中を行くこともあり、今さら
                ながら、「新大工町」 から上がってきた人たちに
                敬意の念を感じつつ、自分は膝を痛めないように
                じわじわと下りて行ったのでした。

                 

                (モチーフは、「オタクサ」 ことアジサイです)

                 

                どんだけ急なのかは、滑り止め付きマンホールが
                物語っています。ふっふ、マンホールはいずれね。

                 

                この坂を行き来していた幕末の志士たちは健脚だった
                のだなあと体感しつつ、「亀山社中記念館」 の方が
                龍馬が生涯で歩いた距離は地球のほぼ1周に当たると
                行っていたのを思い出しました。

                 

                 

                「新大工町」 への途中には 「若宮稲荷神社」 があり、
                その近くには1830年創業、1865年から西洋料理屋を
                営んでおり、龍馬が佐々木三四郎にあてた手紙にも
                触れられているという 「藤屋」 跡があります。
                現在は私有地となっているので敷地内には入れません。
                でも、龍馬ゆかりの地ではあります。

                 

                「新大工町」 からはすぐに次の停車場が見えましたが、
                1日乗車券を少しでも多く使いたいが故に、たった1駅
                乗って、パワスポ 「諏訪神社前」 に。
                そして、諏訪神社参拝後は、路面電車の分岐点駅でも
                ある 「西浜町」 に行って、パワスポ以上にパワーが
                つくカレーを食べ、「亀山社中記念館」 の方オススメの
                『ツル茶ん』 に寄って、思案橋を通って、日本三大遊郭の
                一つだった 「長崎丸山」 へ。

                 

                江戸の吉原はゼミ(西鶴ゼミだったので)で教授と
                共に 「はとバスツアー・夜のお江戸コース」 に
                参加したし、京都の島原も新選組関係の歴史散策で
                見て来たので、三大遊郭制覇だぜ!

                 

                 

                風情あるレトロな交番には見えない 「丸山町交番」
                と、道の突き当りにあるのは 「史跡料亭・花月」。
                龍馬が刀痕をつけたという柱があるそうですが、予約
                しないと入れないし、長崎名物・卓袱料理も高価で
                私はカレーで十分なので、遠巻きに見て終わり。
                そして、右手が 「丸山公園」 です。

                 

                 

                長崎で活躍していた時代のイメージでしょうから、
                おそらく30代ですね。同じ 「まるやま」 でも、京都の
                「円山公園」 には陸援隊の中岡慎太郎と並んでいる
                像もあり、私にとってはあれが人生最初に見た龍馬像かな?
                次は、高知・桂浜の有名なやつで、その次は鹿児島の

                新婚旅行像という流れだった気がします。

                 

                (近くには、 『福砂屋 本店』 の味わいある店舗も)

                 

                龍馬は長崎丸山で遊び過ぎて、病気を患っていたという
                説も何かで読んだことがあります。また、それもあって

                お龍は長州に預けていたとも。でも、長崎から京へ行って

                2カ月後には暗殺されてしまったのですから、死と

                隣り合わせの日々、少しくらい遊んでいても致し方なしと

                言えなくもなく。

                 

                今回の長崎の旅、最後の見学地を 「丸山公園」 で絞め、
                「大浦海岸通」 にあるホテルに荷物を受け取りに戻り、
                「長崎新地」 の空港行きバスターミナルへ。
                十分に、路面電車の1日乗車券を使うことができ満足。

                 

                (立会川の龍馬像は、高知・桂浜のに近い雰囲気)

                 

                で、おまけですが、リンクに書いてある立会川の龍馬像は
                当時の方針で写真を掲載していなかったので、今頃発掘
                してUPしておくことにしました。

                 

                (龍馬にとっても、大きなエポックとなった黒船来航)

                 

                立会川の 「北浜川児童遊園」 にある龍馬像は、龍馬が
                土佐藩の砲台を警備していた時代をイメージしているので、
                20代の “若き龍馬” です。今のは2代目ですが、初代は
                2004年は高知市から寄贈されたそうなので、高知県公認?

                 

                (浜川砲台跡)

                 

                土佐藩の浜川砲台跡や、土佐藩主・山内容堂の墓もあり、
                立会川には “若き龍馬の足音” 散策コースとなっています。

                商店街も龍馬グッズがあったりして、羽田から 「京急」 で

                都心に帰る方はぜひ!

                 

                【関連記事】
                ◇龍馬にゆく!〜亀山社中編〜
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3295
                ◇龍馬にゆく!〜風頭公園編〜
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3294
                ◇龍馬の江戸生活に想いを馳せて…
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=488
                ◇立会川の 「坂本龍馬像」 と 「浜川砲台跡」
                 (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=1303

                category:散策 | by:まるたん | - | - | -

                龍馬にゆく!〜亀山社中編〜

                2017.09.13 Wednesday 01:47
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                  風頭山の伊良林には、「亀山社中記念館」「亀山社中資料展示館」

                  の2つがありますが、実際に 「亀山社中」 があったのは記念館の方。

                  また、「亀山社中資料展示館」 は個人が運営しているそうで、

                  土日しか開館していません。まあ、土方さんの生家みたいな感じ?

                   

                   

                  ようやく、「風頭公園」 の東側まで下りていくと、
                  伊良林という集落があり、「龍馬通り」 という
                  それなりに整備されているけれど、坂と階段が多い
                  道を行くことに。

                   

                   

                  道の途中には 「亀山社中」 の隊士たちのイラスト入り
                  看板があって、おそらくこちらはNHK 『龍馬伝』 前から
                  設置されているものではないかと予想されます。

                   

                  「亀山社中記念館」 に行くためには、路面電車を
                  利用して 「新大工町」 で降り、寺町の外れから入って
                  いくつもの墓場を通る上り坂コースと、私のように
                  体力温存を重視する 「風頭公園」 からの下り坂
                  コースがありますが、それでも結構上ったり下りたり、
                  坂が続く道のりです。

                   

                  (「亀山社中記念館」 には左の方へ進む)

                   

                  「亀山社中」 があった場所に建てられている、長崎市立
                  「亀山社中記念館」 は 「風頭公園」 から約300メートル
                  の場所にあります。上り坂コースの人のために、通りの
                  横には所々、休憩用の 「休石」 が設けられています。
                  クマはナップザックの中にいて、疲れてもいないくせに
                  おすわりしていました。

                   

                   

                  「亀山社中記念館」 は思った以上に小さい建物でした。
                  部屋は10畳・8畳・3畳の3つで、廊下もありましたが、
                  そちらは改装の際、新たに造られたものだと記念館の方が
                  教えてくれました。
                  http://www.city.nagasaki.lg.jp/kameyama/index2.html

                   

                   

                  こちらに訪れる人は、結構コアなファンが多いらしく、
                  ある程度、龍馬についての基本がわかっている人に
                  ちょうど良いレベルの情報を提供してくれます。

                  龍馬の時代から残っているものは何かも説明してくれました。

                   

                  庭の池を撮影しようと思いましたが、それは当時あったのか
                  どうかは怪しいと言われました。

                   

                  小さな庭からは、長崎の港が見下ろせ、グラバー園のある
                  大浦の方まで見渡すことができます。うーむ、感慨深い。

                   

                  (窓側の鴨居の上には隊士たちの名前が並ぶ)

                   

                  10畳の部屋の床の間については、以前に改装した際、
                  龍馬の時代の設計図が出てきて、現在の場所にあったことが

                  わかったので移動したそうです。

                   

                  龍馬の羽織やブーツ、刀などの展示品は全て複製。
                  複製品が多いのは、古い建物だし、セキュリティ的にも

                  致し方ありません。

                   

                   

                  改装前は床の間があったという場所には、現在、龍馬の
                  写真の中でも有名なやつがぶら下がっており、畳には
                  手持ち用の刀も置いてある写真コーナーです。
                  龍馬と同じように台に肘をついて写真が撮れますが、
                  クマすわってるし…。

                   

                  台の高さも忠実に再現したのか確認しましたが、そこは
                  微妙なようでした。龍馬の身長的にはもっと高めでは。

                   

                  私の他にも九州を自転車で回っているという大学生が
                  見学に来ていたので、そちらの人には、当時の撮影は
                  時間がかかったことなど話していて、私もおしろいとか
                  塗って顔を鮮明にしていたんですよね〜みたいな雑談を
                  してきました。

                   

                   

                  写真コーナーの横はもう一つの部屋への入り口になって
                  いて、奥の部屋には屋根裏部屋がありました。

                   

                  龍馬の書簡の複製の展示や、長崎での活動についての
                  説明、そして土間の跡はガラス張りになっており、
                  リニューアル工事の時に出土した物(本物)を、
                  床のガラス越しに見ることができます。

                   

                   

                  屋根裏への梯子は上ってOKで、隊士たちや火鉢が置いて
                  あって、「亀山社中記念館」 の中では一番リアリティが
                  感じられました。脱藩者でお尋ね者だし、武器商人みたいな
                  (“みたい” じゃないけど)ことをやっていたわけなので、
                  屋根裏に潜伏したこともあるかもしれません。
                  天井までが近く、180センチ近かった龍馬だったら
                  かがんでしか歩けなさそう。

                   

                  こちらの屋根裏を見ていたら、福山にあるという龍馬の
                  潜伏先にも行きたくなってしまいました。
                  そうすれば、ほとんどクリアなはず。

                   

                  で、ネットで 「龍馬 福山」 で検索したら、出ねえ!
                  福山雅治さんの名前しか上位に出ねえ!

                   

                  やむなく 「いろは丸 潜伏先」 で調べたら、やっと
                  福山市鞆の浦の 「いろは丸展示館」 が出ました。
                  そちらに行くと、いかにも潜伏していたという雰囲気を
                  醸している蔵の展示館になっていると、龍馬ファンの
                  友人が言っていました。
                  http://www.tomonoura.jp/tomo/irohamaru.html

                   

                  (二曳旗は、本物の 「海援隊」 の旗です)

                   

                  入り口近くは、龍馬関係の本や展示館グッズが売られて
                  いて、さらには受付の後ろはこちらに来館した有名人の
                  色紙も飾られていました。福山雅治さんはもちろん、
                  『龍馬伝』 で海援隊隊士だった要潤さん、そして、
                  龍馬関係の施設には必ずと言っていいほど登場する
                  武田鉄矢先生は、記念館の名誉館長として目立つ場所に、
                  サインを入れた二曳旗でドドーンと。もう何も言うまい。

                   

                   

                  「亀山社中記念館」 を出て、そこからすぐの場所に
                  ある 「龍馬のブーツ」 像の所で、港を見下ろしながら、
                  自販機の飲み物を飲んでいたら、「新大工町」 から
                  坂を上がってきたというご夫婦や、最近なぜか急に
                  龍馬ファンになったという埼玉の方とお話ししました。

                   

                  山の中だし、人は少ないし、坂道をひと休みしたいし、
                  どうせここに来るのは歴史好きだし…ということも
                  あってか、誰もが何となく会話してしまうのでした。

                   

                   

                  「龍馬のブーツ」 像は、ブーツに足を突っ込んで、
                  舵を持って撮影してよいという、新しいスタイルの
                  体感型オブジェだと説明が誇らしげに書かれていました。
                  港の方に向かって、龍馬な気分を味わえます。

                   

                  向かいの山には、諏訪神社の社殿も見えます。
                  長崎でも屈指のパワスポなので、晴れたら行こうと
                  思っていたのですが、ジリジリする暑さと勾配を
                  見たら、ちょっと逡巡するものが…。

                   

                   

                  どちらにせよ、500円で路面電車乗りまくりできる
                  乗車券を買っていたので、「新大工町」 まで
                  下りるしかありませんでした。
                  http://www.osuwasan.jp/

                   

                  【関連記事】

                  ◇龍馬にゆく!〜風頭公園編〜

                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=3294)

                  ◇龍馬の江戸生活に想いを馳せて…
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=488
                  ◇立会川の 「坂本龍馬像」 と 「浜川砲台跡」
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=1303

                  category:歴史 | by:まるたん | - | - | -

                  龍馬にゆく!〜風頭公園編〜

                  2017.09.12 Tuesday 23:28
                  0

                    2泊3日の長崎旅行、最終日は軍艦島に次ぐ目的地の一つ、

                    「亀山社中」 でした。これまで何度も長崎に来ている割に、

                    同行メンバーが違ったりして、どうしても初めての長崎という

                    友人がいる場合、グラバー園とか大浦天主堂、出島、中華街

                    あたりに行くことが多く、初心者がいないメンバーで訪れたことも

                    あったのですが、その時は自ら計画して 「ハウステンボス号」

                    「ゆふいんの森号」 といった電車優先コースにしてしまい、

                    自業自得と言えるでしょう。

                     

                    (腹立つくらい青い空)

                     

                    3日目は、前日の “嵐の軍艦島” と打って変わって、ご機嫌な

                    大晴天。港には豪華客船も停泊していました。

                    長崎は大型客船も多数停泊するそうで、あの 『陸海空』 でも

                    お馴染みとなっている、豪華客船アースの 「クイーンメリー2」

                    も停泊できる港となっているそうです。

                     

                    ドピーカンだったので、山の上にあり、1日500円で乗り放題の

                    路面電車では行けない場所で、かつバスでも乗り継ぎが必要な

                    場所に 「亀山社中」 はあるので、ここはドーンと太っ腹に、

                    「亀山社中」 に行くには下り坂で済みそうな「風頭公園」 からの

                    コースを選んだのでした。タクシーが山中を上る、上る…。

                    下り坂とはいえ、この分、最終的には歩いて下るのかと思ったら

                    行く前からちょっと気が重くなりました。

                     

                     

                    「風頭公園」 の 入り口近くには 「長崎凧資料館」 も
                    ありましたが、以前、平戸で凧の博物館を見た覚えが
                    あるのでスルー。「平戸の凧は鬼の顔」 とかいう
                    滑稽な踊りまで見たような…忘れよう。

                     

                    「風頭公園」 は超山の上で、先ほどまでクマが遊んでいた

                    港や豪華客船が眼下に見下ろせます。

                    ちなみに “風頭” は 「かざがしら」 と読みます。

                    私も今回知りました。

                    一歩歩くごとにバッタが飛びまくり、都会人の私はバッタが

                    湧くごとにはわはわしながら、風頭山頂上の草むらを歩き

                    続けました。

                     

                    (真ん中にある白い建物のようなのが中国からの豪華客船)

                     

                    山頂を下りると、風頭大権現の鳥居が見えてきました。
                    コンクリート製の鳥居で新しいものかと思われましたが、
                    社殿内には獅子頭に乗った、古くから安置されたきたと
                    思われる仏様なども、近年、リニューアルされたようです。

                     

                    (風頭大権現)

                     

                    続いて、日本でいち早く写真家として活躍した上野彦馬の
                    墓地も、坂を下りた所にありました。市指定史跡です。

                     

                    (上野家の墓地の右手に彦馬の墓があります)

                     

                    幕末に活躍した人たちの写真が残っているのも、彼の
                    功績があってこそ。最近、カメラの仕事も多いので、
                    写真の腕が上がるようお参りしてきました。

                     

                    (左手奥が展望台、右には二曳旗がはためいている)

                     

                    再び坂を上がって、少し行くと坂本龍馬の像。
                    稲佐山からの景観とは違った長崎の街を眺められます。

                    1864年に龍馬が初めて長崎を訪れたことや、その後の
                    長崎での活動について書かれた説明板がありましたが
                    「はじめて」 表記が 「始めて」 になっていたのは
                    ちょっと赤字入れたい気分。

                     

                    とはいえ、1964年に東京オリンピックが行われた
                    100年前はまだ幕末で、その後、日清・日露戦争、
                    太平洋戦争、敗戦、高度成長という目まぐるしい
                    100年間となったことに、何となく感慨無量。

                     

                     

                    龍馬像の左手に広がる港の方向には、司馬遼太郎の
                    『竜馬がゆく』 文学碑が。
                    「船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような
                    思いをおさえかね 『長崎はわしの希望じゃ』 と、陸奥
                    陽之助にいった。『やがては日本回転の足場になる』
                    ともいった。」 という文字が刻まれていました。

                     

                     

                    龍馬像から少し上った所には展望台もあり、そこからは
                    龍馬像と共に長崎の港が見渡せ、爽快感があります。
                    晴れてて良かった!

                     

                    (ネットとネットの隙間を行くらしい)

                     

                    で、いよいよ 「亀山社中記念館」 へと向かおうと
                    思ったら、突然、グラウンドが広がっていて、道が
                    切れているではありませんか!?
                    グラウンド全体をじーっとサーチしたら、奥の方に
                    微妙な隙間と、看板があるようだったので、一応、
                    行ってみたら、「亀山社中記念館」 への細道を
                    見つけることができました。

                     

                     

                    突然、手描きとなった看板を信じて、今度は急な坂を
                    下りていきました。「亀山社中記念館」 へGO!

                     

                    【関連記事】
                    ◇龍馬の江戸生活に想いを馳せて…
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                    ◇立会川の 「坂本龍馬像」 と 「浜川砲台跡」
                    http://nureinmal.jugem.jp/?eid=1303
                    ◇ドーマ?(NHK 『龍馬伝』 展示展)
                    http://kumakichi8686.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-27c9.html

                    category:旅行 | by:まるたん | - | - | -

                    ちゃんぽん発祥の店 『中華料理 四海樓』

                    2017.09.11 Monday 23:31
                    0

                      長崎2日目は、メインの軍艦島観光とミュージアムに
                      専念して、途中、ずぶ濡れになった服を着替えに
                      ホテルに戻って、かなり体温が失われていたので
                      風呂に入ったり、なぜかわざわざ長崎まで行って
                      和歌山県を舞台にした 「土曜ワイド劇場」 の再放送
                      を見たりして、夕食は初日のおにぎりからワンランク
                      アップして 「ガスト」 という展開でした。

                       

                       

                      一応、最終日の夜なので、頑張ってビールなども

                      飲んでみましたが、1000円以下で済みました。

                       

                       

                      そうそう、旅行前の原稿書きによる睡眠不足と、
                      前夜に 『三度目の殺人』 読みふけったことによる
                      睡眠不足が重なったので、2時間ほど昼寝も…。

                       

                       

                      これじゃ、旅行記でなく、日記になってしまう!

                      ってことで、そういえば、軍艦島観光後に着替えて
                      入浴した後、昼食をホテルから数分の場所にある
                      『中華料理 四海樓』 の5階で、長崎ちゃんぽんを
                      食べたのですよ。ちょっと盛り上がったかな?
                      http://shikairou.com/

                       

                      (北京の故宮に勝るとも劣らない中央の龍)

                       

                      入り口が超立派過ぎて、着替えがTシャツとハーフ
                      パンツというカジュアルな服しか調達できなかった
                      のですが、私よりさらにカジュアルな服装で入店
                      していく人たちがいたので、便乗して入店しました。

                       

                      (5階なので眺望は抜群)

                       

                      (高級感漂う店内ですが、意外と皆さんカジュアルな服装)

                       

                      港が見える広々とした店内は混んでいましたが、
                      運よく窓側を独り占めできる席に通されました。

                       

                       

                      テーブルの上には、クマちゃんがいて、1階に
                      ある商店街にある商品を宣伝していました。

                       

                       

                      軍艦島クルーズの時よりは多少天候も回復して
                      いましたが、やはり時折ぱらぱらっと雨が降って
                      空が明るくても傘は手放せない天候でした。

                       

                      (こういう撮影してると、仕事と遊びの区別がつかない!)

                       

                      もともとは、貧しい華僑や留学生のために、安い
                      材料で栄養のある食事を提供する目的で開発された
                      ちゃんぽんですが、出されたものは味わいある海老や
                      食感が楽しめるタコ、そして紅白のはんぺんなど、
                      色味も味も見栄えのよい高級料理へと変貌していました。

                       

                       

                      とくに、スープの味わいが本場の味を実感させられる
                      逸品で、残さず飲んでしまいました。

                      海鮮食材たっぷりのスープと、太麺のバランスが
                      絶妙の滋味あふれる料理です。

                       

                       

                      『中華料理 四海樓』 は、長崎ちゃんぽんの
                      発祥の地ということもあり、2階にはなんと
                      「ちゃんぽんミュージアム」(見学無料)も
                      あって、ちゃんぽんや皿うどんの歴史や、高価
                      そうなちょうどの数々も展示されていました。

                       

                       

                      それほど広いミュージアムではありませんが、
                      開店当初の写真や、以前使用されていた食器など
                      『中華料理 四海樓』 の歴史を短時間で知ることが
                      できる手ごろな広さです。

                       

                       

                      なかには、漫画 『サザエさん』 の中に登場する
                      ちゃんぽんを食べるエピソードの絵コンテもあり、
                      ちゃんぽんにまつわるさまざまな展示物が並んで
                      いて、10分もあれば、ひと通りちゃんぽんに関する
                      情報を広く浅く知ることができます。

                       

                      (漫画 『サザエさん』 の絵コンテ)

                       

                      で、ここまで書いておいて恐縮ですが、実は私は

                      長崎ちゃんぽんよりも、皿うどんが好きです。すまぬ!

                       

                      【関連記事】
                      ◇「長崎亭」 を知らずして 「長崎ちゃんぽん」 を語るなかれ
                      http://nureinmal.jugem.jp/?eid=473

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