『風光る』 の徳川慶喜に関する解釈が面白い!

2017.05.28 Sunday 04:24
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    5月にふさわしいタイトルの 『風光る』(渡辺多恵子著、
    小学館刊)。記念すべき40巻は、なんと連載20年と重なり、
    めでたいですが、最初から読んでる私もそれだけ年取った
    ということでそっちはあまりめでたくありません。

     

    40巻は、私が幕末史で気になる、鳥羽伏見の戦い後に
    敵前逃亡する慶喜の心理描写。

     

    同作品は、背景の一つひとつに至るまで、詳細な調査や
    取材を経た上で書かれており、新選組のメンバーだけで
    なく、当時の施政者の思惑なども、数々の資料の中から
    渡辺多恵子さんが選んで、人間像を構築してあって、
    これまでの新選組作品の中でも秀逸な作品です。

     

    もともと幕末と戦国時代は、司馬遼太郎作品の影響を
    受けていることもあり、『最後の将軍 徳川慶喜』 と
    いう作品はあるものの、司馬氏自身はあまり慶喜の
    ことが好きではないような “司馬史観” ならぬ
    “司馬私観” が私のベースになっていて、『風光る』
    での慶喜に対する扱いが楽しみでした。

     

    逃亡劇の部分は、どちらかというと、どのように
    会津公らをだまして、榎本武揚の軍艦をぶんどって
    江戸にもどるかの駆け引きがコミカルに描かれて
    いましたが、江戸に戻り、小栗上野介を罷免する
    シーンが印象的でした。

     

    上野介が慶喜に、日本の背骨は武士道であり、薩長軍
    への迎撃を進言するのに対し、重ねて 「それでは
    武士でない民は何か」 と問い、それに 「徳川家」
    だと答えた上野介に、「――驕ったものよのう」
    と肩越しにつぶやくシーンは、徳川慶喜のその後の
    行動の理由を端的に表していたように思われます。

     

    新キャラ・榎本武揚がイイネ!

     

    全巻から登場していましたが、榎本武揚(釜次郎)と
    その後、戊辰戦争を共にする土方歳三との出会いも
    40巻の見どころです。

     

    榎本武揚と土方歳三については、司馬作品よりも
    阿部公房の 『榎本武揚』 が私のベースになっており、
    海外の知識を持ち、列強諸国の中での俯瞰的な視点を
    持ちながらも北海道に独立国を作ることを目指した
    榎本に対し、幕府への忠誠のみの情でつっぱしる
    土方の広い視点がないからこそピュアな生き様が
    浮き彫りになっている作品で、やや辛辣な評価も
    ありますが、これはこれで好きな作品です。

     

    『風光る』 に登場する榎本は、江戸っ子の陽気さと
    知性を兼ね備えた人物として描かれており、さりげに
    ふれられていた、18万両の徳川家の千両箱エピソードに
    思わず、糸井重里さんや林先生が取り組んでいる
    徳川埋蔵金が頭をかすめました(笑)。

     

    ちなみに、大がドラマ 『新選組!』 で、山本耕史さん
    演じる土方と、草なぎ剛さん演じる榎本とのワンシーン
    が妙に印象的。洋装について榎本に問うシーンでしたが

    草なぎくんセリフなし、だったと思います。

     

    大河ドラマは、近藤勇が主人公だったので、そこで終わり
    だったのですが、後に製作された、いかにも三谷作品
    らしい舞台劇のような 『新選組!! 土方歳三 最期の一日』
    では、榎本役が片岡愛之助さんに変更になっていたのは
    ちょっとばかり不満。

     

    とはいえ、土方が近藤勇亡き後、榎本が持つ夢に共感し、
    ただ死に場所を求めて戦っていたのではないという
    脚本には好感が持てました。

     

    土方登場の 「待たせたな」 のセリフは、新選組の
    終わりは、近藤勇の刑死ではなく、土方が戦いを
    全うしたその時だと考える私には満足いくものでした。
    三谷作品らしい、視聴者サービス丸出しでしたが(笑)。

     

    少女漫画らしく終わってほしい

     

    今回は、本来のメインである沖田総司とセイが残り
    半年を切った期間に、子供を作るのかという点も
    いよいよ結論を急ぐ問題となってきましたが、
    土方が総司とセイをあえて引き離し、総司の見合い
    をお世話する隠れ見合い相手の女性を紹介したこと
    から、それがきっかけで総司とセイが結ばれる流れに
    なればいいなと。少女漫画なんだし、そうしようよ!

     

    さらに、総司は死んでしまっても、その子供を
    五稜郭で最後の決戦に臨む土方さんに会わせることで、
    土方さんが心置きなく最後の戦いに出陣できる展開で
    あれば大満足なのですが…。

     

    この作品だけは、単に風のように生きた剣士・沖田
    総司ではなく、娘盛りを棒に振って新選組隊士と
    して生きたご褒美を、ベタでもセイにそれなりの

    女子としての幸せを残してあげてほしいなぁ。

     

    【関連記事】

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    「きよしこの夜」 がより感動的になる逸話

    2016.12.15 Thursday 23:26
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      クリスマスに歌われる 「きよしこの夜」 の逸話が
      好きです。何となく神様の導きが感じられます。

      この歌が作られたのは、オーストリアがナポレオン
      戦争で疲弊していた1818年。

       

      事情は諸説ありますが、クリスマスだというのに
      教会のオルガンが壊れていたので、何か新しい
      讃美歌を聖夜に捧げようということになり、教会の
      副司祭が歌詞を書き、オルガン奏者に曲を依頼して、
      降誕祭のミサでは、副司祭とオルガン奏者がギターで
      歌ったのが始まりとか。

       

      小さな寒村の教会で歌われたこの歌を偶然ドレスデン
      から来ていた大工(キリスト教っぽい)が聞いて
      感動し、それをドレスデンに持ち帰ったところ、
      この清らかな旋律が人々の心を打ち、ドレスデン発
      として、ヨーロッパ全土に拡がったのです。

       

      寒村・オーバーンドルフの教会堂は、それから後、
      洪水に流され、ドレスデンも第二次世界大戦で
      フラウエン教会をはじめとする建物の多くが
      破壊されてしまいました。

       

      しかし、オーバーンドルフの教会跡には、記念の
      小礼拝堂が建てられ、フラウエン教会も2005年に
      元の石材をできるだけ使って復活。

       

      時代の流れの残酷さと、人間の復興への意志力に、
      さまざまな困難は全て神様の試練なのではないかと
      思わずにはいられません。

       

      「きよしこの夜」 が作られた背景や経緯を知ると、
      あの歌声がさらに清らかに心にしみわたっていく
      ような気がします。
      神に捧げるために作られた歌ですが、本当は
      神様が人間に与えてくれた歌なのかもしれません。

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      砧線・デハ71運転台がある 「玉電と郷土の歴史館」

      2016.07.26 Tuesday 23:07
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        二子玉川駅から徒歩約7分の場所にある 「大勝庵

        玉電と郷土の歴史館」 にいそいそと行ってきました。

         

         

        なぜ、歴史館なのに 「大勝庵」 という名前がついて

        いるかというと、もともとはお蕎麦屋さんで、店主が
        そのコレクションを飾っていたのですが、体調不良で
        2011年にお蕎麦屋さんは閉店して、玉電に関する
        グッズや昭和レトロなコレクションを博物館として
        無料公開することにしたからなのです。
        館外には、玉電のパンタグラフ、中耕地駅近くにあった
        踏切の瀬田の敷支柱、排障機、砧線の鉄道柵などが
        置かれています。入り口はまさにお蕎麦屋さんの風情。
        入ると、右手には玉電の 「デハ71」 運転台が、当時の
        姿のまま保存されていたのでした!
        そのほか、前照灯、連結器なども常設展示されています。
        そして、入ってすぐの左手には、玉電だけでなく、
        東急系の電車のつり革がどっさりと並んでいました。
        この下には、蓄音機や白黒テレビなどの昭和グッズも
        置かれています。
        どれが新しいのか、古いのか、時代順に並べてみたい
        という誘惑に駆られるのは私だけでしょうか?
        小さな博物館なこともあって、3歩進めば今度は
        駅名からJR線のものと思われる、昔懐かしい切符が!
        子供用もあったり、当時の運賃がわかって楽しいです。
        再び右手に目を戻すと、運転台が置かれている壁の裏には
        駅名看板や駅構内に貼られていたと思われるプレートが。
        行先表示板もありました。
        プレートに近づいて見てみると、「押売・物乞い御断り」
        と書かれており、時代を感じさせます。
        物乞いはわかるけれど、駅でどうやって押売りしたのか
        よくわかりませんが。キャッチセールスみたいなもの?
        そして、奥の方には元・店主で今は館長となっている大塚さんが
        これまで収集してきた2000点というグッズの一部が月ごとに
        テーマが決められて展示されています。
        いわゆる企画展のようなものです。現在は、夏の季節に
        合わせてか、ビールのラベルが飾られていました。
        その棚の上には、鉄道と坂にかけては私のはるか先を行く
        タモリ大明神のステッカーが!
        『ブラタモリ』 の二子玉川コースの際に紹介された模様。

         

        個人的には、別に鉄道と坂を追いかけているつもりはない

        のですが、最近、震災の影響もあって高台の物件関係の
        エリア情報や、なんとなく鉄道関係の施設の取材が増えて
        いるので、そこのところは一応、誤解のないように。
        最近では、さまざまなメディアで紹介されることも増え、
        地方から来館する人も増え、さらには鉄道関係の物なども
        持ち込んでくれる人も増えたそうです。
        お金も物も、集まる所に集まる性質を持っているんですね。
        向かいのケースには鉄道模型や、駅員さんの腕章などが
        飾ってありました。
        「車掌」 の腕章はわかりますが、「乗客専務」 と
        「旅客専務」 の違いがイマイチわかりません。
        短い路線と長い路線の違いでしょうか?
        そして、その棚の上段にはポストグッズのコレクションが
        並んでおり、さらに棚の上に置かれたケースの中には
        玉電(世田谷線)の塗りが飾られていました。
        かの中島誠之助さんが来館された時、鉄道モチーフは
        めずらしいものだし、「いい仕事をしている」 と評価して
        くださったそうです。
        私も、車両の絵柄の塗り物は初めて見ました。
        来館者の約6割が鉄道ファンということもあって、館長が
        お蕎麦屋さん時代に出前で、駒沢―上野毛乗務区の職場に
        行った時の話や、デハ71運転台を設置するまでの経緯や、
        玉電関係のスクラップブックなども気さくに見せてくれます。
        じっくり見ていると、昔の物からいろいろな謎や興味が
        広がっていくような、そんな小さな博物館。
        西郷さんではありませんが、小さくたたけば小さく、
        大きくたたけば大きな音が出るような、訪れる人一人ひとりの
        スタイルに合わせた楽しみ方ができると思います。
        【関連記事】
        ◇「アオガエル電車」 と 「いもむし電車」
        http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2401
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        吉野は桜だけでなく 「南北朝」 の史跡もいっぱい!

        2016.03.29 Tuesday 05:15
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          吉野というと、学生時代にただ暗記した 「よき人の
          よしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見つ」
          という早口言葉か呪文かわからない言葉がまず蘇ってきます。
          ネットで調べたら、『万葉集』 の天武天皇の作と言われて
          いるそうで、失礼いたしました(笑)



          南北朝の歴史に思いを馳せつつ、全山が桜におおわれ、
          「西行庵」 では諸行無常をも感じられるなど、桜の
          開花時期でなくても、見どころ満載だったのが吉野でした。
          http://www.yoshinoyama-sakura.jp/sakura.php


          (吉野朝宮跡)

          後醍醐天皇御霊殿や楠木正行の辞世の句がある「如意輪寺」
          など、「太平記」 ロマンを物語る寺社仏閣が想像以上に
          ありました。後醍醐天皇が足利尊氏に攻められて逃れたという
          「吉野朝宮跡」 もさびれて物悲しい雰囲気でした。



          その他、「蔵王堂」「勝手神社」「竹林院」「吉野神宮」、
          さらに病気全癒、とくに頭の問題にご利益があるというネーミングも
          ユニークな 「脳天大神」 などもあり、2日間かけてほとんどの
          寺社仏閣を回りました。
          http://www.nyoirinji.com/



          また、水を司る天之水分(あめのみくまり)大神が御祭神の
          「吉野水分神社」 に至っては、パワスポ的な気が境内に
          溢れていたように感じます。

          全山にわたって色とりどりの桜が、イングリシュガーデンのように
          いかにも自由に咲きまくっているので、その色のバランスもまた
          吉野の桜の魅力でしょう。



          下千本・中千本・上千本と、麓から順に咲いていくので、
          命短い桜の開花時期ですが、どれかの満開時に当たれる可能性が
          あって、「せっかく行ったのに葉桜」 ということはないかも?
          天候や、訪れる時期によって、いろいろな表情を見せてくれる
          吉野は、1本桜派の私でも印象に残っている、桜の名所と
          なったのでした。

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          八雲立つ風土記の丘の 「見返りの鹿」

          2015.12.10 Thursday 23:24
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            2017年の新卒案件も動き出したし、スルーしようかなとも
            思ったのですが、やはり土偶や埴輪については書かずに
            いられない私です。
            埴輪パラダイスと言えば、レプリカでしたが、宮崎の
            「平和の塔公園」 隣接の 「はにわ園」 が印象的です。
            http://www.m-guide.info/kankou2.html

            島根県立 「八雲立つ風土記の丘」 は、古墳の出土品
            博物館であり、植物園であり、そして遺跡でもあります。
            http://www.yakumotatu-fudokinooka.jp/



            「八重垣神社」 からたった2キロしか離れていないのに
            あちらは縁結び祈願の女性でいっぱいなのに対して、
            広い敷地の 「風土記の丘」 には人けなし。
            古代出雲ではこの 「意宇(おう)」 エリアは、国造りの
            中心地だったとのことですが、栄枯盛衰、諸行無常…。



            展示学習館に入ると、入口では馬と鹿がお出迎え。
            バカにしとんのかーいと突っ込みを入れつつも、
            子供は乗っていいそうなので、くまきち(7歳)を
            おすわりさせて写真を撮りました。
            と思ったら、馬や鹿の埴輪が展示してあるからだったのです。

            私のお目当ては、同館のアイドル的存在という 「見返りの鹿」。
            重要文化財です。



            馬の埴輪に前を向いているのに、なぜか鹿だけ後ろを見て
            いるのです。同じように振り返っているスタイルの鹿の
            埴輪は、奈良県や静岡県でも出土しており、鹿には何か
            意味があるのでしょうか?



            当時は仏教も伝来していないので、神様のおつかいという
            概念もなかったでしょうし、不思議です。



            館内はフラッシュをたかなければ撮影OKなので、張り切って
            バシバシ撮りまくりました。埴輪の他、重要文化財指定
            されている太刀なども無造作に展示してありました。

            「三内丸山遺跡」 では、頭のネジが外れるくらいに
            ハイテンションだったので、「大型板状土偶」 ペンダントを
            買いましたが、結局、そのまま放置状態になっている反省を
            踏まえ、「見返りの鹿」 のぬいぐるみストラップについては
            購入したいという気の迷いを押さえました。えらい!

            展示学習館の周りは、秋風吹く、だだっ広いススキ野で
            そこに掘立柱住居や竪穴式住居の復元や、箱式石棺などが
            屋外展示(?)してあります。



            また、展示学習館に展示してあった 「額田部臣」 銘文入り
            太刀を出土したという、岡田山1号墳も敷地内にあり、
            ちょっと珍しい前方後方墳(四角と四角)。
            隣の岡田山2号墳は円墳です。円墳を見たら、溝の口での
            灼熱の古墳めぐり地獄(仕事)が蘇ってきました。

            「八雲立つ風土記の丘」 周辺には、御先山古墳、条里制古墳、
            古天神古墳、岩屋後古墳、向山古墳などの古墳群が広がって
            いて、古代遺跡を散策する 「はにわロード」 なるコースの
            MAPも展示学習館に置かれていました。



            展示学習館の裏は、奈良時代に編纂された 「出雲風土記」
            に記載されている植物を集めた 「風土記植物園」 もあり、
            ほとんど枯れていましたが、晩秋の風情を楽しんできました。
            とにかく、鹿の埴輪(本物)を見たので、大満足です!

            【関連記事】
            ◇日本の土偶ベスト3!
            http://nureinmal.jugem.jp/?eid=387

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            国宝・松江城と松本城は兄弟みたいなもの?

            2015.12.09 Wednesday 23:57
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              やっと、島根関係のテーマも終わりへと差し掛かり、
              それを見計らったように、仕事が怒涛のように
              舞い込んできて、スケジュール調整にちょっと
              クラクラしています。



              松江駅近くのタイルには、2つのイラストが描かれて
              いました。1つは松江城と堀川巡り、そしてもう1つは
              日本一のヤマトシジミの産地・宍道湖です。



              タイルにはお地蔵様が描かれているので、「宍道湖
              夕日スポット」 のちょっと北側あたりの風景でしょう。
               (http://www.cgr.mlit.go.jp/matsukoku/sinjiko/

              松江城


              (「祝・国宝」の幟や垂れ幕、横断幕など市内はお祝いムード)

              結構、国内のいろいろなお城に行っている私ですが、
              その中でも松本城に似た雰囲気を持つ黒いお城・松江城。
              http://www.matsue-tourism.or.jp/m_castle/index.html)



              それもそのはず、築城したのは堀尾吉晴ですが、江戸時代、
              信濃国から入城した松平直政によって、ほぼ現在の形と
              なっているのです。まあ、松本城の弟分ってとこですね。
              出雲そばも、信州のそばの種から生まれたものだそうです。


              (手前が井戸、底には投げ込まれたコインが光っていました)

              城の中は(当然ですが)木造のままで、階段や雰囲気も
              松本城の中に似ています。
              が、地階に籠城用の井戸や生活物資の貯蔵庫があって、
              戦国時代の名残りが感じられました。



              そして、2015年、国宝に指定される理由となった、
              城の完成年を裏付ける祈祷札とサイズがぴったり合う
              という包板(柱)の穴も見てきました。



              急な階段をいくつも上ると、最上階の北側に宍道湖が
              見えました。

              宍道湖



              タイルのように真っ赤な夕焼け空の宍道湖は見ることが
              できませんでしたが、山陰地方らしく雲が垂れ込めた
              隙間から夕陽の残光に照らされる宍道湖もなかなか…。



              時々刻々と表情を変えていく湖面の美しさは、さすが
              日本百景の一つと言える絶景でした。



              もちろん、その宍道湖で獲れるシジミの味噌汁もNICE!
              ラーメンどんぶりのようなサイズで300円という安さでした。



              ついでに、境港から仕入れたというノドグロという魚も
              食べました。名前だけ聞くと、エラの辺りが黒いような
              感じですが、基本 「アカムツ」 なので、外見は赤くて、
              口の中(奥)が黒いため、ノドグロと呼ばれているようです。

              今日は、一応、松江ダイジェストといった感じでまとまり、
              とにかく、突然、明日入った大型案件の準備をせねば!
              category:歴史 | by:まるたん | - | - | -

              「ひこにゃん」 に負けるな 「おけわんこ」!

              2015.11.02 Monday 03:26
              0

                「高円寺フェス」 のゆるキャラ(R)の中に、私が
                こよなく愛する家紋を背負う着ぐるみ発見!
                そのテナントは、会場となっていた 「高円寺中央公園」 の
                一番奥の場所にありましたが、ゆるキャラ(R)と来場者で
                賑わう中、目を皿にして探しましたとも!



                そのキャラクターは 「おけわんこ」。
                二日間行われた 「高円寺フェス」 でも、11月1日限定で
                参加したゆるキャラ(R)くんです。
                「おけわんこ」 のサイトを見たら、私より働いとる!
                すごい過密スケジュールをこなしている、働き者の
                わんこだったのでした。
                http://okewanko.com/



                「おけわんこ」 は合戦をテーマにしているだけに、
                2種類いて、兜をかぶっているのは 「おだわんこ」、
                烏帽子をかぶっているのは 「いまがわんこ」 です。



                「おけわんこ」 に導かれて、「桶狭間古戦場保存会」 の
                テナントに行ったら、織田家・今川家の家紋バッジやら、
                しゃべって歩く 「おけわんこ」 ぬいぐるみも販売されて
                おり、仕事中でなかったら買ってしまっていたでしょう。
                http://okehazama.net/



                桶狭間古戦場と、その周辺の史跡のパンフなども置かれて
                いて、ふと見たら数年前に織田信長と今川義元の像が
                敷地内に建てられた模様。
                前は、ちょっとした築山に東屋があって、そこにパンフが
                「勝手に持って行ってください」 とばかりに置いて
                あったのに、かなり整備されたようです。
                ああ、再訪したい!


                (落ち着きなく動き、しゃべるおけわんこ)

                これまで織田信長関係の古戦場や寺、城、街を巡りましたが、
                写真が紙焼きなこともあって、デジタルデータにして保存
                しようと、数日前にスキャナーまで買い込み、いずれは
                かつての桶狭間古戦場や安土などをブログに残しておきたいと
                考えているのです。うーん、有松に再訪しないとダメだろうか?


                (マントをひるがえし、回転するおけわんこ)

                と、それは後日考えるとして、「おけわんこ」 の
                ぬいぐるみは、周りの音を拾ってしゃべるので、何を
                言っているかわかりませんでしたが、とことこ歩く姿が
                愛らしく、笑えました。



                信長同様、落ち着きがないわんこで、カタカタ動きまくった
                かと思ったら、くるっと後ろ向きになってまた歩き出し、
                ついには後ろの箱に頭から落ちていました。


                (勢い余って、転げ落ちたおけわんこ)

                ツメの甘いところも、さすが 「おだわんこ」!
                今後の活躍を期待しております。

                【関連記事】
                ◇今川家の滅亡は桶狭間ではなく杉並区
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                ◇気になる西山本門寺 「信長首塚」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=343
                ◇安土は織田信長の旗印 「永楽通寳」 デザイン
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2488
                ◇信長の墓2〜岐阜県 「崇福寺」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2489
                ◇信長の墓3〜和歌山県 「高野山金剛峯寺」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2490
                ◇信長の墓4〜京都府 「本能寺」 & 「建勲神社」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2491
                ◇信長の墓5〜京都府 「大徳寺総見院」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2492
                ◇信長の墓6〜京都府 「阿弥陀寺」
                http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2493

                category:歴史 | by:まるたん | - | - | -

                信長の墓6〜京都府 「阿弥陀寺」

                2015.07.08 Wednesday 04:53
                0

                  今出川近くの住宅街の中にひっそりと佇んでいる
                  「蓮臺山(れんだいさん)総見院 阿弥陀寺」。
                  入口に 「信長公本廟所」 と書かれているのに、通常は
                  非公開のもどかしさ。それでも、何度か門の外から
                  拝みに行きましたとも!



                  私の中では “信長の墓” の大本命でございます。
                  期間限定公開で飛んで行ったのですが、その期間も
                  普通の 「冬の京都特別拝観」 などよりかなり短くて
                  “万障お繰り合わせ” 状態で滑り込みました。
                  いつも外から覗いてばかりいた、境内を歩いているだけで
                  感動モノでした。

                  特別公開とあって住職の方のお話があり、本能寺の変の際、
                  信長と親しかった同寺の清玉上人が、異変を聞いて駆けつけ、
                  寺で遺骸を荼毘に付し、それを法衣に包んで逃げた話や、
                  実際に本能寺の変で焼け焦げた武具や茶碗などが本堂
                  左手に展示してありました。

                  さらに、寺の記録として、秀吉が喪主として信長の葬儀を
                  執り行う際に、清玉上人に遺骨を引き渡すよう打診したところ、
                  秀吉の権威を誇示するために信長の遺骨は渡せないと
                  突っぱねたらしく、秀吉が天下を取ってから阿弥陀寺は
                  所領も削られ、不遇の時代を送ったといった話も聞き、
                  ますます以て、ここが “信長の墓” だと私の中では
                  決定したのでした。



                  本堂の裏手に、信長だけでなく、本能寺の変で亡くなった
                  人たちの供養塔もありました。
                  ちょっと後ろのアパートからテレビの音が聞こえてきて、
                  イマイチ、墓と静かに対面することができなかったのが
                  残念ですが、他の墓や供養塔に比べても近くまで行くことが
                  できて、何か “やり遂げた感” がありました。



                  「阿弥陀寺」 にあった 「織田稲荷社」 は、現在、
                  「今宮神社」 の境内に移されており、こちらは何度も
                  行っております。



                  結構、京都駅からタクシーに乗って 「今宮神社へ」 と
                  お願いするパターンが多いのですが、これは信長愛と
                  いうよりも、「今宮神社」 を右手に出てすぐの場所に
                  ある 「一和(一文字屋和助)」 のあぶり餅食べたさ故。
                  「かざりや」 と 「一和」 が向かい合っていますが、
                  私は 「一和」 の店内の雰囲気が好きで(店内にでかい
                  井戸がある)、ついつい 「今宮神社」 を出ると左の方に
                  向かってしまうのでした。
                  http://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26001669/

                  うーん、墓のことを書いたら、これまでコツコツと回って
                  集めた古戦場巡りも書きたくなってしまったぞ、と思い
                  ましたが、ただの田んぼにしか見えないような姉川古戦場
                  などを含め、古戦場の場合、それぞれの対戦エリアが
                  多いことから、これまたすごい量、撮影してしまっている
                  こともあり、ちょっと整理してからまとめたいと思います。
                  まあ、まずは紙焼きを撮影してUPするのではなく、ちゃんと
                  スキャナーつないで(実はある)もうちょっと鮮明な画像を
                  UPしなくちゃですね(笑)。

                  【関連記事】
                  ◇信長の墓5〜京都府 「大徳寺総見院」
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2492
                  ◇信長の墓4〜京都府 「本能寺」&「建勲神社」
                   (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2491
                  ◇信長の墓3〜和歌山県 「高野山金剛峯寺」
                   (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2490
                  ◇信長の墓2〜岐阜県 「崇福寺」
                   (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2489
                  ◇安土は織田信長の旗印 「永楽通寳」 デザイン
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2488
                  ◇信長の遺体はきちんと葬られていると思いたい!
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=93
                  ◇気になる西山本門寺 「信長首塚」
                  http://nureinmal.jugem.jp/?eid=343

                  category:歴史 | by:まるたん | - | - | -

                  信長の墓5〜京都府 「大徳寺総見院」

                  2015.07.07 Tuesday 04:00
                  0

                    このところ、信長関係の内容ばかり書いていますが、
                    それというのも、信長が本能寺の変で命を落としたのが
                    ほぼ7月の半ば。墓には、6月2日没となっていますが、
                    旧暦表示なので、今だと7月ということになるのです。
                    まあ、なのでタイムリーかなと…?

                    秀吉が信長の後継者としての力を見せつける目的で、
                    信長の供養を大々的に行った際、建てられたのが
                    臨済宗龍寳山 「大徳寺」 にある 「総見院」 です。
                    http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/



                    安土城がある安土山の中腹にも、信長が自分を神格化
                    してお賽銭までとったという 「総見寺」 があって、
                    そちらも妙心寺派ではありますが、臨済宗のお寺です。
                    現在も山門が残っています。


                    (安土山の総見寺山門)

                    そのため、京都 「妙心寺」 の伽藍の一角にある「玉鳳院」
                    にも供養塔があるのですが、こちらもまた特別拝観の
                    タイミングでないと、通常は非公開なので未だ参拝できず。
                    それでも、「妙心寺」 には庭園が美しい 「退蔵院」 や
                    「桂春院」、三門近くにある浴室(明智風呂)や狩野探幽の
                    雲龍図(天井画)など、重要文化財も多く、見どころ満載です。
                    http://www.myoshinji.or.jp/

                    「妙心寺 玉鳳院」 同様、「大徳寺 総見院」 も京都お得意の
                    期間限定公開ですが、他の非公開寺院よりは公開頻度が高い
                    ような気がしなくもありません。



                    秀吉が信長の葬儀の際、遺体がなかったことから木像を
                    作って輿で運んだという、木像が本堂内に見え、輿も
                    残されています。墓にも風格が感じられる五輪塔です。


                    (一番手前が濃姫の墓)

                    信長だけでなく、濃姫やお鍋の方など、信長の一族
                    七基の墓も並んでいます。
                    こちらは、正統派 “信長の墓” と言えるでしょう。

                    ちなみにこの 「大徳寺」 と 「妙心寺」、寺社建築を学生時代
                    選考していた(そんなジャンルがあったのか!?)知り合いが
                    「数多ある京都の寺の中でも、伽藍の素晴らしさとしては
                    ツートップと言えるから、絶対に行かねばいかん」 とご推奨の
                    寺なのでした。非公開も多いですが、公開しているところだけでも
                    全部見てると、かなりの時間を要しました。

                    【関連記事】
                    ◇信長の墓4〜京都府 「本能寺」&「建勲神社」
                     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2491
                    ◇信長の墓3〜和歌山県 「高野山金剛峯寺」
                     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2490
                    ◇信長の墓2〜岐阜県 「崇福寺」
                     (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2489
                    ◇安土は織田信長の旗印 「永楽通寳」 デザイン
                    http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2488

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                    信長の墓4〜京都府 「本能寺」&「建勲神社」

                    2015.07.06 Monday 05:06
                    0

                      あえて、信長が生涯を閉じた京都を後回しにして
                      きましたが、やはり戦国時代と言ったら、外濠から
                      埋めなくてはね。

                      ってことで、ついに本丸の京都編に突入です。
                      まずは、京都の北・船岡山にある 「建勲神社」。
                      「たけいさお」 神社と読みます。
                      http://kenkun-jinja.org/



                      ここは、信長の墓というよりは、信長が御祭神の
                      神社で、京都の他、信長の子孫が統治していた
                      山形県天童市と兵庫県丹波市にもありますが、
                      当然、ここが総本家。

                      天童では、「山の上にあるあそこが建勲神社」 と
                      教えてもらったのに、同行者が 「何が何でも
                      さくらんぼ狩りは譲れない」 と言い張るので、
                      断念したのでございました。
                      でも、土産物屋には信長グッズも売っていたので、
                      しっかり購入してまいりましたよ♪
                      http://www.bussan-tendo.gr.jp/?p=log&l=38143

                      そんな 「建勲神社」 には、信長関係の歴史小説を
                      書く作家にとっては欠かせない、重要文化財の
                      「信長公記」 を保存している神社なのです。
                      社殿は大したことないけど、日本史研究的にはすごい
                      お宝を持っていると、先日、NHK 『歴史秘話ヒストリア』
                      で紹介されていました。

                      「本能寺」 はやっぱ押さえておかないとね

                      そして、京都市内の河原町三条には、誰もが知る
                      「本能寺」 があり、信長公廊には信長の墓があります。
                      当時とは場所も移動してしまっているのと、メジャー
                      すぎて、個人的には2回だけ行って、それ以降は、
                      参拝してません。
                      http://www.kyoto-honnouji.jp/



                      とはいえ、フィギュアの世界大会だかの前に、子孫の
                      信成氏が参拝に来ていたので、それなりに本命なのか、
                      メディア的にまとめやすかったのか疑問。

                      まあ、京都は歴史的な史跡や事件が起きた場所も、
                      今は1本の石碑のみという所もあるので、寺が残って
                      いるだけでも良しとしましょうか。

                      【関連記事】
                      ◇信長の墓3〜和歌山県 「高野山金剛峯寺」
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                      ◇信長の墓2〜岐阜県 「崇福寺」
                       (http://nureinmal.jugem.jp/?eid=2489
                      ◇安土は織田信長の旗印 「永楽通寳」 デザイン
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